荻窪新聞 2013年8月22日
荻窪新聞

これぞ天沼メガネ節!!

【特集】荻窪を愛する人① イースタンユース・吉野寿
 
荻窪を愛する人、第一弾ゲストとして、荻窪在住のアーティストであり、ロックバンド 『イースタンユース』のギター/ボイス担当の吉野寿さんにインタビューをお願いした。
http://ogikubo-magazine.com/life/wp-content/uploads/sites/2/e_eyecatch.jpg

めがね節で綴られつづける荻窪・天沼のイメージ画像

結成25年を迎えた今も、精力的に音楽活動を続け、ロック・パンクシーンに影響を与え続けているロックバンド『eastern youth(イースタンユース)』

 

叙情的でありながら、憂いや陶酔など余分な成分を一切省いた骨太な音楽性と、文学的表現が強く心に響く歌詞から、幅広い年齢層の支持を得ているバンドである。

 

オギジン編集部は、eastern youthの楽曲「天沼夕景」、「ドッコイ生キテル街ノ中(PV)」など、荻窪を舞台としている様子から、土地への特別な思い入れを感じ、特集『荻窪を愛する人』の最初のゲストとしてeastern youthギター/ボイスの吉野寿氏をキャッチした。

 

今回の特集では、eastern youthについてははもちろん、荻窪在住23年目の住人目線から見えてくる街の景色にまでクローズアップした。 荻窪住人としての吉野氏を紹介させていただきたい。

 

紹介画像

 

歩いてみても、荻窪らしいね!って風景も少ないし、

他の中央線の駅それぞれにある『その駅独特の文化』もなくて。

でもそこが疲れなくて、気楽でいい。

 吉野さんとのインタビュー写真

かつての荻窪駅北口といえば、駅を出れば焼き鳥のいい香りが漂ってきたもの。

昭和27年創業の「鳥もと」は昭和27年創業の荻窪住民なら皆が知っているであろう老舗の飲み屋だ。

北口再整備の関係で2009年に北口(出てすぐ右)での営業を終了し、現在の場所へ移転している。

駅前時代から吉野氏も贔屓にしていたというこちらの「鳥もと本店」で今回の取材は行った。

 

 

—— 本日は、特集「荻窪を愛する人」の最初のゲストとしてお越しいただきありがとうございま    す。さっそくですが、よろしくお願いいたします。

 

吉野氏 よろしくお願いします。

 

—— eastern youthの楽曲やPVに、荻窪の情景を歌ったものが見られ、そこに荻窪への想いを感

   ました。 ご出身の北海道から、次に住む土地として荻窪を選ばれたのは何故だったの

   う?

 

吉野氏 1990年〜91年ごろに、札幌のバンド仲間たちが、20人くらいですかね、東京に移住を始めたんです。俺もその流れで東京に。

当時から高円寺や新宿のバンドシーンは盛り上がっていましたし、中央線沿いに住む人間は多かったんです。

身内は西荻窪が多かったんですけど、知り合いの一人が荻窪に住んでいて、そこに居候をしながら仕事や部屋を探したのが荻窪でのくらしの始まりです。

 

—— そこから荻窪ライフが始まるんですね!

   ところで、吉野さんの著書『天沼メガネ節』を読ませていただいたのですが、タイトルを”荻

   窪” ではなく”天沼”メガネ節としたのは天沼に特別な思い入れがあってのことでしょうか?

 

吉野氏 引越しは始めの居候から一回だけかな。天沼から天沼への引越しでした。この土地で長い時間を過ごしただけで、天沼には特別な思い入れというよりも、『たまたま此処に住んでいる』感じが強いですね。住んでみて、天沼に限らず荻窪ってまちは、おじいちゃんやおばあちゃんが多くて、歩いてみても『荻窪らしいね!』って風景も少ない。

 

他の中央線の駅それぞれにある『その駅独特の文化』もなくて。でもそこが疲れなくて気楽でいいね。

 

吉野さんとのインタビュー写真

 

—— 「らしさが無いのがらしさ」だからこそ見る人によって全く異なるカラーを持つ土地ですよ

   ね。 『天沼メガネ節』では吉野さんの見た荻窪の情景が素晴らしくエモーショナルに綴られて

   いました。

 

吉野氏 ただのポンコツが酒を飲んで酔っ払って書くようなブログです。大層な事は書いていませんよ。

 

—— 『天沼メガネ節』にも多く書かれていて、私にとっても印象深いワードが、吉野さんが今お話

   になった「ポンコツ」という言葉でした。「不良品、壊れかけ」という意味の中にも対象への

   愛着を感じる暖かい言葉だと思うのですが、なぜそのような表現をするのでしょうか。

 

吉野氏 俺自身がずっとポンコツ街道一直線なんです。人生、ポンコツのままで食っていってやるって。

失敗してたくさん泣いて、いっぱいひどい目にあって…。でも、そういう奴って大抵優しいんだよね。

世の中、まともに自分で食いぶちを確保出来ないやつもいて、『オマエ大丈夫か?おい』みたいな。

でもそんなポンコツがどうにか生きていく姿って素晴らしいじゃない。

 

—— まさに生き様ですね。eastern youthの楽曲、歌詞にもそのマインドを感じられます。

 

吉野氏 eastern youthは生きる支えとして、俺にはこれだけしか出来ないと思ってやってきました。

その音楽との向き合い方は上京当時から変わっていません。野望は無くて、こんな風にお店で、お酒を飲んで曲を書いて、それが求める人の手に届けばそれだけでいい。シンプルにそれだけです。

 

吉野さんとのインタビュー写真

 

—— その姿勢で向き合ったからこそ、今のeastern youthの楽曲があるということですね。

   こちら「鳥もと」さんも、駅前時代からの常連さんだったと聞いています。

   鳥もとの移転もありましたし、上京したときに比べて荻窪の景色も随分と変わっていますか?

 

吉野氏 変わりましたね。駅北口前のロータリーはもっと小さくて、代わりにパチンコ屋だったり、 青梅街道の方に佐久信(※1)があったり。

 

初めて行った鳥もとは衝撃でした。北海道にはあんなお店は無いですから。

昼間から飲んでも後ろめたさがない不思議な空間です。最高だなあって。

明るいうちから飲みながら、色んなことを考えました。さすがにその場で歌詞を書いたりはしませんで したけど、インスピレーションは確かに受けました。

 

—— 井伏鱒二も愛したお店だったそうですね。eastern youthの楽曲「サヨナラダケガ人生ダ」(※

   2) は于武陵「勧酒」の井伏鱒二による訳詩の一文ですが、同じ荻窪の文化人井伏鱒二らの文

   士たちからの影響やインスピレーションを受けたりはしていますか?

 

吉野氏 そうですね。井伏鱒二は好きです。俺が荻窪に出てきたときは存命でしたし。他に荻窪の方だ と太宰治もそうですし、上林暁(※3)もよく読みます。

本の中でも、やっぱり土地勘あるところが舞台になっていると嬉しいですね!

 

—— それはeastern youth「ドッコイ生キテル街ノ中」のPV(※4)を観たときに私も感じまし

   た。

  「ここだ!」みたいな嬉しさですよね!そうした共感は土地への愛着にもつながりますよね。

  「吉野さん=荻窪」というイメージが根付いているとは思うのですが、生まれ故郷北海道につい

   てもお話を伺えないでしょうか。

 

吉野氏 俺は故郷を捨てて、過去に置いてきてしまった人間なんです。でも子供の頃から住んでいた土地ですから、北海道の人間だということは骨身に染みています。

色彩や風景、空気感から生えている木まで何から何まで東京とは違う場所です。

 

上京した当時の北海道なんて本州とは全く別の音が流行っていたりして、バンドシーンは北海道だけ孤立した状態でした。独自の進化をとげていましたね。ガラパゴスみたいに(笑)

本州の人間からも「北海道にバンドなんているの?」なんて言われたり。「バカめ!おるわい!」ですよ!(笑)

23年経てば、今は当時の仲間がライブハウスのオーナーをやっていたり。バンドのシーンも話を聞けば勢いあるみたいです。

 

北海道の土地は良くも悪くもふるさとであることには変わらない場所です。  

 

吉野さんとのインタビュー写真

 

 

「路地で飲みながら、

         音楽を生み出して、

                それを求める人に手渡して…

                               それ以外に生きていく術は知りません。

        それだけでいいんじゃないかなって思います。」

 

 

—— 上京から約4年で開始したイベント『極東最前線』は94年から続く歴史あるイベントですが、

   eastern youthだからこそ共演できたゲストやアーティストの独自色の強さ、またその豪華さに

   毎回驚かされます。イベントのオムニバスも三枚目のリリースを控えた今、振り返ってみると

  『極東最前線』の19年の歴史は吉野さまにとってどのようなものでしたか?

 

吉野氏 19年!?そんなにやってるの?やってるのか!馬鹿だなぁ〜(笑)

 

そもそもこのイベントを始めた経緯というのが、上京したての何もわからない状況で、だれかイベントに誘ってくれないかなぁなんて考えながら誘いを待っていたんですけど、思ったとおりにならなくて。

それなら自分たちで「良い!」と思ったバンドだけを呼んで、自ら楽しめる場を作ろうと始めたのがキッカケですね。

そのスタンスは今でも変わっていません。

 

おかげで、自分たちのいる音楽シーンや環境が離れすぎていて、これまで共演する機会が無かったアーティストとも、今では一緒に出来るようになっていますね。

歳はとるものだなぁと感じました。

長くやってよかったと思っています。途中でやめていたら出来なかったことだらけですし。

 

吉野さんとのインタビュー写真

 

—— 聞く側としては「夢の共演!」と嬉しくなるようなメンツですね!近日発売のオムニバスア

   バム 「極東最前線3」も自主レーベル「裸足の音楽社」第1弾作品となるということで、

   eastern youth の活動の幅は今後どこまで広がるのか、楽しみにしています。この先のeastern

   youthのヴィジョン、そして吉野さんご自身のヴィジョンを教えてください。

 

吉野氏 「裸足の音楽社」については、10年くらい前からメンバーと始めました。所属アーティストは 今のところ俺達だけ。

ちょうど昨日、『極東最前線3』のマスタリングを終わらせてきました。今回はすごくいいですよ!

メンツはもちろん、それぞれの曲も素晴らしいです。アルバムとしても幅があり、かなりいい物が出来ています。

イベント「極東最前線」は面白ければなんでもあり。いい夜になればそれが一番だと思っています。

それをアルバムでも素晴らしく再現出来たのは凄いことだと思っています。

 

eastern youthのヴィジョン、俺のヴィジョンの両方に言えることなんですけど、どうにかこうにかやっていくことです。さっきも触れたんですけど、路地で飲みながら、音楽を生み出して、それを求める人に手渡して…それ以外に生きていく術は知りません。それだけでいいんじゃないかなって思います。

 

吉野さんとのインタビュー写真

 

—— 吉野さん、インタビューありがとうございました。

 

罫線

インタビュー後も、気さくに世間話に応じていただいた吉野さん。

本やブログや歌詞などと同じく、会話の中でも吉野さんの一言一言、言葉選びはずっしりと心に響く。

決して「意味深で難しいこと」を言っているのではない。「正直で当たり前のこと」が心に響くのだ。

 

吉野氏が23年間暮らしてきた荻窪への愛情や抱く感情は、歌詞の中に自然と表れ、綴られ、その音が私たちの心に響いているのかもしれない。

今後も街の変化とともに、吉野さんの音楽にも様々な景色が移り変わっていくことだろう。

 

周りの駅にはないであろう、ユルくて自由な荻窪の雰囲気は、取り上げて紹介するべきことでもない。

吉野氏が見据える荻窪の風景は、この先も天沼メガネ節で綴られ続けることだろう。

 

吉野さんとのインタビュー写真

 

(※1)「佐久信

駅前ロータリーの第一次区画整理前に青梅街道沿いにあった。一風変わったストーリーを持っていたラーメン屋さんだ ったのだが、現在は閉店。

1984年に「愛川欽也の探検レストラン」という番組の企画(流行っていないラーメン店再生計画)で注目を集め、見事繁盛店となった。当時、糸井重里が付けたお店のキャッチコピーは『突然、バカうま』。

伊丹十三が監督した映画「タンポポ」 (1985) のエピソードはこの「佐久信」をヒントにしたといわれている。なお撮影 の際、参考にしたのは「春木屋」だそう。

 

(※2)「サヨナラダケガ人生ダ

于武陵(中国・唐)という詩人の五言絶句「勧酒」にある『人生足別離』を、井伏鱒二が『サヨナラダケガ人生ダ』と大胆に意訳したことで有名。

マキシシングル「踵鳴る(2001年)」のカップリング曲。

 

(※3)「上林暁」(1902-1980)

高知県幡多郡出身の小説家。旧宅(天沼1丁目36)は、天沼八幡神社前の道を阿佐ヶ谷方面に10分ほど歩き、 左手に入ると三河屋酒店の近くひっそりとある。代表作として、『聖ヨハネ病院にて』『白い屋形船』『薔薇盗人』 『春の坂』『ブロンズの首』などが挙げられる。

 

(※4)eastern youth「ドッコイ生キテル街ノ中」のPV

荻窪の見慣れた「街の景色」を背景にプロモーションビデオを撮影している。

どの場所かは実際PVを観てみて確認してみよう!

同名の映像作品、「ドッコイ生キテル街ノ中(DVD)」は 映像作家・川口潤氏制作によるイースタンユースのライブ・ドキュメンタリー。DVDの中にもよく荻窪の風景が出てくるので、要チェック!

 

罫線

 

easternyouth最新情報

裸足の音楽社 http://www.hadashino-ongakusha.jp

 

SMASH http://smash-jpn.com

 

罫線

鳥もとさんの情報写真

鳥もと 本店

 

 

インタビュアー/ライター:松村 編集:松崎 写真:松崎・吉田